2026-01-06
どうやって子どもの本音を支えよう?
不登校を続けている最中でも、
いつもと同じ内容を伝えるだけなのに、
学校に電話するのは気が引けるものです。
よし!電話するぞっ!
と決意してから→行動→終了&脱力
なぜこんなに後ろめたいんでしょう?
『学校へ行かせるのが義務』
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そう責められているような気がして
心細さや
不安・罪悪感が出てきてしまうんですよね。
義務教育についての憲法や法律を
何となく知っている‥ではなくて、
『そういうことなんだ!』と調べて知る事は
とても良かったです。
「本人の意志で休むと決めましたので、お休みします。よろしくお願いします。」は何も間違っていないと
思えたから堂々と伝える自分になっていきました。
欠席連絡ができたなら![]()
我が子も私も
心穏やかに過ごしました。
せっかく自分の選択ができたのに
『本当にこれで良かったのかな![]()
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』
と沈む心境は私も度々ありましたが
大丈夫。
沈まなくて大丈夫。
我が子のホッとしている部分が見れたのなら!
本人の望みであるのだから
間違っていない。
「これで良かった♪」なのです。
少数派は肩身が狭いかもしれない。
でも、
分かり合える人たちはいます。
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長期で理由なく休むとなると
学校側が勝手にいじめアンケートなどが始まります。
「どんな環境を希望してるのか聞いておきたい」
なんて聞かれたりします。
非難して、要望を通したいなんて
更々思っていないのです。
望む形なんて個々でちがうものだから。
我が家の答え方は
「担任の先生もクラスのみんなも雰囲気も何も問題なくて。
だから
通いたい日には通いたいんだそうです。
勝手を伝えてしまってますが
申し訳ありません。」と。
‥
上手く言えなくても良いのです![]()
「上手く伝えられませんが
ご配慮ありがとうございます。
我が子と憲法や法律にある『義務教育』について
調べてみたんですね。
義務教育って、大人側に課せられているんですね。
知らなかったです。
義務教育って
子どもが学校に通わなければならない期間のことでは
なかったのです![]()
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義務教育って
子ども本人が学びたいと言ったときに
環境を用意しないのは罪になるという、
大人側の義務の事だったんですね。
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学校へ行くか行かないかは自分で決めたいと言っています。
学びたい日に通わせて頂く形は許されますか??」
‥と聞いてみました。
もちろんです、とすぐにお返事頂きました。
不登校から再登校を目指して
出来れば毎日登校を目指す‥とは思っていない![]()
我が家は
子も親も
違う考え方なのです。
本人の意志で決める事こそ望ましい![]()
そう思うようになりました。
本人が高校受験について真剣に調べてみて、
通信制や定時制、高校認定試験の方向を選ぶと決めました。
自分のペースで進んでいくと決めました。
学校を休んで勉強もせず、
ゴロゴロしたりゲームしたりも
もちろんある訳で。もちろんある訳ででも、嘘をつかず堂々と
親も子もそのままお伝えしました。
数年後だっていい。
本人のやる気や意欲が自発的に生まれて来るのを
信じて待つことをしてみようかな♪
と思えたんですよね。
「管理される生活が嫌になった」ということなんだろうなと
理解しました。
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「させる」「見張る」「わずかな自由」
よりも
自由〜な中で、今の気分で選択する。
本人が強くそう望むなら![]()
先を恐れずやってみたいのなら![]()
そう決意できて進んでみたらいーんじゃない?
と夫婦で答えが出てしまいました。
考えてみたら、子ども時代の自由さが
私たちの頃とはかなり違う。
追われない安心感って思ってる以上に
大切なことだね♪と。
『不登校を選ぶ』『目的の授業に通う』
というスタンス。
毎日通うと決めていない。
行くかどうかはその日に決めました。
※本当に本人の意志なのか?
※虐待の疑いはないのか?
(親の意志で行かせないならば虐待になります)
※本人の意志で選んでいたとしても、
ある日気が変わる時もある。
言い出しにくいことも考えられる。
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だから
学校からは本人と話したいと
電話などの配慮がありました。
ありがたいことです。
家庭に訪問してもらうのではなく、
必要ならば放課後に本人が出向いていきましたし、
プリントや連絡事項の手間を省くために
親が毎日、先生と顔を合わせました。
こちら側の意図を正直にお伝えしたことで、
学校や担任の先生やクラスメイトのせいにすることなく、
淡々と行くか行かないかを決めて
連絡できるようになり、
そのうちに、
「毎日連絡頂かなくても大丈夫です。
登校する日にご連絡くださいね。」と
対応は変化していきました。
こんな稀な選択をする我が家でしたが、
ママ友に出会ったり、聞かれたりで直接話すとき、
お相手さんは
目を丸くして「❓」「❗️」
ハテナが飛びながらも
「‥元気なら良かったね。
ま。いーんじゃない
」
とただそれだけ。
お互いに嫌な気はしない♪
人の人生は人のものです♪
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不登校について法律や憲法を調べてみると
力が生まれます。
堂々と行動できますし、萎縮する必要はないです。
みんながみんな各自の『選択』をしている、
と理解できます![]()
自分はどうしたいか。
で行動できます。
不登校でなんだか後ろめたく感じて悩まれてる方は
是非、義務教育について
調べて知ってください。
お母さんやお父さんが堂々としていてくれたら
子どもの心は救われるのです
お母さんやお父さんを悲しませたくない、喜ばせたい、
それが一番の悩みだったりします。
毎日の時間の過ごし方をどこでどう過ごすのか?
何を第一の目的にするのかは
人により全く変わるのです。
人によっては価値観は真逆だったりします
自分に重ねながら
大切に受け止めたい!と思いました。
これまでがむしゃらに
一緒に頑張ってきた時期もありました。
理不尽さや疑問を感じる経験もしてきました。
不服があるなら
疑問を持ち続けているなら
それなら
行動を変えていくこと!
行動を選ぶこと!
(私自身にこそ今それが必要だとも思いました
)
長年麻痺していた私の感情は
子どもたちのおかげで
回復していきました![]()
嫌な事を嫌と言えないまま抑え込み
自己肯定感が皆無の私が![]()
子育てのおかげで
変化していきました![]()
私がしたいこと。
子どもを一人の人として尊重したい。
自由と個人の尊厳![]()
大切にしたいし、
大切に伝えていきたい。
実践したい。
本気で心を傾けて、そのきもちを聞こうとしなければ、
子どもは本音を言わないことは
私自身が知っているのです。
子どもは優しい。誰かが喜ぶ正解を選んでしまうもの。
小さな我慢から始まり抱えきれなくなって
ある日、急に、体調がおかしくなっていく。
自分の口をふさげさ塞げば、
身体のどこかしからが悲鳴をあげ始めるのです。
本音が口に出せること
意欲ある日に通うのが一番良い
失敗しても良い
と我が家は思ったのです。
堂々と![]()
お伝えすること![]()
独自路線を行く本人が一番、勇気がいることだとは思うので

親として
なにか息子の応援になれたらいいな、と思っていたら

教室の壁に張り出す『今学期の目標』の紙に
『親からのひと言』を書き入れる場所がありました。
不登校を後ろめたく感じていたら書き込むこと自体に
ためらいますが、
私にはいい機会だ
と感じました。
みんなの目に晒されるところに、
親からの言葉として、
『本人が意欲ある日に通わせて頂けること、学べる環境の場に受け入れて頂けますことを感謝致します。クラスの皆さん、先生方、ありがとうございます。』と記しました。
独自路線のその親の言葉の書き込み。
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興味を持った人は不思議なきもちで読んだと思います。
多少は息子の応援になったんじゃないかなー![]()
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学校は集団行動の場。
そうなると
自分には違和感があることにも従うしかなくなる場。
嫌だな、おかしいな、従いたくないなと
感じるとき。
「行かない」を選ぶ。
自分の選択することは悪いことじゃないのです。
疑問を持つのは大切なこと。
義務教育についての憲法や法律を
何となく知っている‥ではなくて、
『そういうことなんだ!』と調べて知る事は
とても良かったです。
私は子どもを尊敬している。
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『ねばならない』から『いつでも選べる』への
認識へ変われていて
子どもを見習い私も変化してきた。
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行動するのは勇気が要る。
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『行かない』練習は
とても大切。
従う習慣がついていると、
『行かない』の判断は
親も子も
なかなかできないものなのです。


人として個人として
素敵な先生はたくさんいることは知っています。
指示が下れば、
組織として先生として仕事として
しなければならないから
先生自身も従わなければならない。
上に立つ人のおかしさが増したとき、
集団の場だからこそ意思表示や断ることは
かなり難しい場所となるのです。
子どもには尚更です。
子どもがいつでも心の内を
親に伝えられるようにして
見つめておきたいものです。
https://x.com/akasakaroman/status/1610893471753342977
https://news.yahoo.co.jp/articles/883ef01fb0a3299f67f108ad5e840788076375ab
↑都合が悪いニュース・記事は直ぐに消されます。
前記事紹介のザウルスさんのブログも数日後には消えました。
欲しい情報は探す。
親として、
子どもたちの教育の場にも入り込むカルトを
警戒しておく。
察知する。
違和感を大切にする。
変だと感じる場面をきちんと見つめて感じておくこと。
教育現場なんだから誰かになんとかしてもらいたい!と
我慢を重ねる日々よりも。
「行かない」を直ぐ選択できる。と知っておくこと。
自分や子どもの感覚を静かに採用すること。
それが「できる」と知っていることが
力の元になります。
学校や先生を信頼して通える雰囲気ならば
子ども自らが安心して通えるのですから
子どもが上手く言えない小さな本音を知ろうとしたいし、
受け止めたいです。




