2025-11-15 07:55:55
【書き加えつつ・再投稿です^_^】
あっという間に11月に‥。
定時制高校に入学した息子は
夜型生活を送りながら、すんなりと通学しています。
通ってみなきゃ実際どうしたくなるのかなんて
分からない。
悩む時に考えたらいいよね♪と
前向きにスタートを切りました。
息子が選んだ道。
通ってみると、4年で卒業な分、
一日のカリキュラムは少ないし、
勉強の進み方や難易度に苦しむことはなく、
息子の望む通りの
無理をしない環境でした。
息子の希望は、人に出会える場所に
通いたいということ。
課題や宿題の量は多くなくて
学校の自習時間に
終わらせてしまうことが多いようです。
4歳年上のお姉ちゃんが
進学校に通うようになった時、
夜中や朝方まで課題に追われている姿を
見つめていた息子。
自分はそれは選ばない!と決意してたんでしょう。
適度な量の宿題なんて、
中学校の頃であってもそんな願いは
叶わない時代ですけど、
中2から息子は登校するかしないかを自分で決めるようになりましたので、
宿題や課題に追われて無理をしながらやり切る
期間は短かったです。
元々は、前向きに早くやり切ってしまおう♩というタイプでしたが、
早く終われば終わったでワークを増やされたり
次回の宿題が多くなるという体験があって
キリがない!損だ!と不満が溜まったようです。
「宿題だから」「課題だから」提出しなくては!と思い悩むのはキッパリと潔くやめました。
したいことには参加する!
そんな独自スタイル通学をしました。
高校生になって提出物は
自発的。
こなしているようです。
外国の子も多く通っているので
宿題や課題の量も考えてあるのでしょうね。
息子は大学へ通いたいと思っていないし、
自分の要望に合った学校生活が送れているようです。
「今」興味があることに取り組んで欲しいと
思います。
中2の7月には
息子は学校へ当たり前に通わなくなりました。
行きたい授業を自分で決めてしまうことができてしまうんだなぁ。
課題は出すか出さないかは自分で決めてしまうことができてしまうんだなぁ。
補習に出るか出ないかは自分で決めてしまうことができるんだなぁと。
驚きながら、手探りで、意志を伝えながら
進みました。
‥『本人の意志』‥
進路や成績を覚悟したのなら
そんな通い方を決めることができました。
義務教育とは、子どもが絶対に通わなければならない義務ではなくて、
子どもが望むときに学べる環境を大人側が用意・対応しなければならない、ということなんですよね。
実際に実践してみて、
本当にそういうことなんだと分かりました。
従わされる生活ではなくて
自分で決めることや
それを伝えること。
自分を曲げるしかない場所になるのならば
行かない選択もできること。
自発的な意志や意欲を持つことは
大切なことだと感じています。
独自路線を突き進む息子の母となって
視線を浴びるようになって
学校にて言葉を交わす必要があるときには‥
『息子が学びたい時に、通いたい時に、いつも授業に受け入れてくださって感謝しています。
ありがとうございます。』と
先生方に伝えられるようになりました。
不愉快さを表す先生もいましたし、関わりたくなくて逃げ去っていく先生もいます。
先生方の受け止め方は様々で、
決して褒めてはもらえませんが。
私自身の感覚は子どもたちのおかげで変化していて
正直な力は素晴らしい
と思っているのです。
生き方は自分が決めるのです。
担任の先生と保健の先生にはいつも出会う度に
誠意ある対応をして頂きました。
感謝しています。
『毎日、全部、当たり前に、上手く、評価を得るように、無理してでも』『ねばならない』
‥その感覚から距離をとってみたら‥![]()
モヤモヤして麻痺してた感覚が
スッキリして
活力が戻ってくるのを感じました。
これまで何が何でもこなすこと。
信じて疑わずに優等生できていましたが
学校の先生も毎年変わるわけですし。
そのメンバー次第で子どもを取り巻く環境や
方針も変わるわけです。
求められることも変わります。
子どもにとって
かなり合わない環境になったとしたら?
言葉では上手く表せないSOSを
親として
どう受け止める??
心の状態から身体的症状に現れるサインがあれば
分かりやすくて休むことを伝えやすいてす。
我が子が登校前の朝の時間、
下痢で苦しむ時間が増えていくようになった時、
「苦しまなくても休めるんだからね」と
伝えました。
「何なら詳しく全てを説明しなくても‥
休めるんだよ。」
謎のままでも
理解されなくても
休めるのです。
(学校へ行かない選択をしたら下痢症状は
快方へ向かうのでした
)
『本人がこうしたいと強い意志が持てるなら』
『進学先や内申点のリスクを引き受けられるなら』
必要になりますが。
休むことは堂々とできるのです。
何が正しいかは人それぞれの価値観です。
当時、息子の強い思いを感じとりましたので、
親子で立ち止まり
目指す方向を変えてみることにしました。
『自分の意志を強く持つこと』
『自分の意志で動くこと』
『自分がよく考えて決めたことなら
堂々と行動すること』
を約束しました。
そして親は、本人の『正直な意志』を応援すると
心に決めました。
我が家の目標は独自のものとなりました。
そこができるように![]()
親子共に
頑張るようになりました。
大人が勝手に先走って休む理由をつけたり、
先生と息子の間に入り関係を取り持つような
曖昧な姿勢をみせるよりも。
いつの間にか急かす姿勢になるよりも。
息子の決定を信じることが
心身共に元気でいることが
一番嬉しいことじゃないのかなと思ったのです。
子どもは
親が必要以上に傷ついたり悲しまずに
いてくれるなら、
自分流の意志は堂々と伝えられるようになるし、
穏やかでいられるのですよね。
息子がきちんと自分に向き合って決めているなら
息子を信頼し尊重しようと思いました。
みんなと同じ流れに乗れなくても、
乗らないのを
本人が選んでいるのですから。
親や先生。大人の体裁に添わせたいがために
家庭に居づらくするのは‥
圧をかけて従わせるのは‥
我が子よりも自分の体裁を選ぶこと。
昔、自分が自分の親に感じたことであるならば
親になった私はどちらを選ぶのか![]()
どんな行動や言動を選ぶのか![]()
そう思ったのです。
最初はいろんな苦しさ、不安や恐さが入り混じり
ブレブレの言動でしたが、
人目を気にして生きてきた私が
本当はどう生きたかったのかを考える
良い機会になっていきました。
私が親に抱いていた『不満』を
親になった私が、
どう実行できるのか![]()
急に自分でも知りたくなりました。
子ども本人が強いきもちを維持してなければ
こんな勇気が要るチャレンジは出来ないままでしたが
月日が経てば経つほどに![]()
我が子が強い意志で親に伝えてくれたことは
『めんどうなこと』ではなくて
嬉しいきもちが広がっていきました。![]()
私は私が望むことを世間体から選び取ってない!と
思えて嬉しくなります。
『自分の味方は自分』![]()
『自分次第』![]()
を今、自分自身のために試せていることが
嬉しいです。
子どもたちに感謝しています。
大人であっても集団の中で感じる感覚。
「それっておかしくない??」
「私は従いたくないな‥」
「それって?自分勝手とは違うんじゃない?」
「自由があって、選ぶ権利があって、当たり前なんじゃないの?」
この素直な感覚を麻痺させたくないと思いました。
何とな〜く従ううちに‥。
意志を曲げることを許すうちに‥。
意志力は無くなり感情も麻痺して
大人になり苦しむ体験をしてきたのは
私なのだから![]()
その力は大切にしなきゃ
と感じます。
クラスで1人だけの意見で他のみんなを悩ませるとか滞らせるとかしたいわけではないし、
他の子や先生の大切にしたいことを邪魔したいわけではないのだから![]()
この選択に落ち着きました。
みんなも選択は自由。
自分も選択は自由。
否定するとは違う方法。
「参加しない」も![]()
大切な選択肢だと思いました。
親子で本気でそう望んだからこそ
独自の通い方は黙認されたんだと思います。
学校側から例え冷たくされても
堂々と我が子の側に立ち、
こちらの方針をお伝えしていくこと。
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そして
学校側の意見に対しても
いつでも聞く姿勢を
きちんと持つことを
親子で大切にしました。
(休んでいても、先生からの提案があるときには
本人が出向いたり、電話に出ることをし、
感謝を持ち行動しました)
![]()
その上で![]()
本人がどんな意見を持ったのか‥
自分の言葉にして
自分はどうするかを
先生に伝える事をしていきました。
そんな独自路線を進んで
今に至ります。


