どうやって
子どもの本音を支えよう
不登校を続けている最中でも
いつもと同じ内容を伝えるだけなのに、学校に電話するのは気が引けるものです。よし!!電話するぞ!!…と奮い立たせてから→行動→終了→脱力。なぜこんなにも後ろめたいんでしょうね。
『学校へ行かせるのが義務』
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そう責められているような
気がしました。
心細さや不安・罪悪感が
出てきてしまうんですよね。
義務教育についての憲法や法律を
何となく知っている‥ではなくて、
『そういうことなんだ!』と調べて知る事は
とても良かったです。
「本人の意志で休むと決めましたので、お休みします。よろしくお願いします。」は何も間違っていないと
思えたから堂々と伝える自分になっていきました。
我が子も私も
心穏やかに過ごしました。
せっかく自分の選択ができたのに
『本当にこれで良かったのかな![]()
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』
と沈む心境は私も度々ありましたが
大丈夫。
沈まなくて大丈夫。
我が子のホッとしている部分が見れたのなら!
本人の望みであるのだから
間違っていない。
「これで良かった♪」なのです。
少数派は肩身が狭いかもしれない。
でも、
分かり合える人たちはいます。
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長期で理由なく休むとなると
学校側が勝手にいじめアンケートなどが始まります。
「どんな環境を希望してるのか聞いておきたい」
なんて聞かれたりします。
非難して、要望を通したいなんて
更々思っていないのです。
望む形なんて個々でちがうものだから。
我が家の答え方は
「担任の先生もクラスのみんなも雰囲気も何も問題なくて。
だから
通いたい日には通いたいんだそうです。
勝手を伝えてしまってますが
申し訳ありません。」と。
‥
上手く言えなくても良いのです![]()
例えば。「ご配慮をありがとうございます。子どもと憲法について&法律について&義務教育について調べてみたんですね。
義務教育って、大人側に課せられているんですね。
知らなかったです。
義務教育って
子どもが学校に通わなければならない期間のことでは
なかったのです![]()
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義務教育って
子ども本人が学びたいと言ったときに
環境を用意しないのは罪になるという、
大人側の義務の事だったんですね![]()
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学校へ行くか行かないかは
本人が自分で決めたいと言っています![]()
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学びたい日に通わせて頂く形は許されますか??」
‥と、
私は伝えてみました。
すると即答で「もちろんです![]()
」
とお返事頂きました。
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※不登校から再登校を目指して
※できれば毎日登校を目指すとは思っていない。
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わが家はそう考えました。
本人の意志で決めることが望ましい!そう思うようになりました。
本人が高校受験について真剣に調べてみて、
通信制や定時制、高校認定試験の方向を選ぶと決めました。
自分のペースで進んでいくと決めました。
学校を休んで勉強もせず、
ゴロゴロしたりゲームしたりも
もちろんで。
でも嘘をつかず堂々と![]()
親も子もそのままお伝えしました![]()
意欲は数年後だっていい!
自発的意欲がいい!
本人のやる気や意欲が自発的に生まれて来るのを
信じて待つことをしてみようかな…と思えたんですよね。
不登校は、「管理される生活が嫌になった」ということなんだろうなと
理解しました。
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「させる」「見張る」「わずかな自由」
よりも
自由〜な中で、今の気分で選択する。
本人が強くそう望むなら![]()
先を恐れずやってみたいのなら![]()
そう決意できたなら進んでみたらいーんじゃない?
と夫婦で答えが出ました。
考えてみたら、子ども時代の自由さが
私たちの頃とはかなり違う。
追われない安心感って思ってる以上に
大切なことだね♪と。
『不登校を選ぶ』『目的の授業に通う』
というスタンス。
毎日通うとは決めていない。
行くかどうかはその日に決めました。
※本当に本人の意志なのか?
※虐待の疑いはないのか?
(親の意志で行かせないならば虐待になります)
※本人の意志で選んでいたとしても、
ある日気が変わる時もある。
言い出しにくいことも考えられる。
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だから
学校からは本人と話したいと
電話などの配慮がありました。
ありがたいことです。
家庭に訪問してもらうのではなく、
必要ならば放課後に本人が出向いていきましたし、
プリントや連絡事項の手間を省くために
親が毎日、先生と顔を合わせました。
こちら側の意図を正直にお伝えしたことで、
学校や担任の先生やクラスメイトのせいにすることなく、
淡々と行くか行かないかを決めて
連絡できるようになり、
そのうちに、
「毎日連絡頂かなくても大丈夫です。
登校する日にご連絡くださいね。」と
対応は変化していきました。
こんな稀な選択をする我が家でしたが、
ママ友に出会ったり、聞かれたりで直接話すとき、
お相手さんは
目を丸くして「❓」「❗️」
ハテナが飛びながらも
「‥元気なら良かったね。
ま。いーんじゃない
」
とただそれだけ。
お互いに嫌な気はしない♪
人の人生は人のもの。
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不登校について法律や憲法を調べてみると
力が生まれます。
堂々と行動できますし、萎縮する必要はないです。
みんながみんな各自の『選択』をしている、
と理解できます![]()
自分はどうしたいか。
で行動できます。
不登校でなんだか後ろめたく感じて悩まれてる方は
是非、義務教育について
調べて知ってください。
お母さんやお父さんが堂々としていてくれたら
子どもの心は救われるのです
お母さんやお父さんを悲しませたくない、喜ばせたい、
それが一番の悩みだったりします。
毎日の時間の過ごし方をどこでどう過ごすのか?
何を第一の目的にするのかは、人により全く変わるのです。
人によっては価値観は真逆だったりします
子どもたちの本音。
自分に重ねました。
そして、大切に受け止めたいと思いました。
これまでがむしゃらに一緒に頑張ってきた時期もありましたし、
理不尽さや疑問を感じる経験もしてきました。
不服があるなら
疑問を持ち続けているなら
それなら
行動を変えていくこと!
行動を選ぶこと!
私自身にこそ今それが必要だとも思いました![]()
長年麻痺していた私の感情は
子どもたちのおかげで
回復していきました![]()
嫌な事を嫌と言えないまま抑え込み
自己肯定感が皆無の私が![]()
子育てのおかげで
変化していきました![]()
私がしたいこと。
子どもを一人の人として尊重したい。
もっと考えたい。できるようになりたい。
自由と個人の尊厳![]()
大切にしたいし、大切に伝えて行きたい。
実践したい。
本気で心を傾けて、そのきもちを聞こうとしなければ、
子どもは本音を言わないことは
私自身が知っているのです。
子どもは優しい。誰かが喜ぶ誰かの正解を選んでしまいがち。
小さな我慢から始まり抱えきれなくなって
ある日、急に、体調がおかしくなっていく。
自分の口を塞げば、身体のどこかしからが悲鳴をあげ始めるのです。
本音が口に出せること
意欲ある日に通うのが一番良い
失敗しても良い
と我が家は思ったのです。
堂々と![]()
独自路線を行く本人が一番勇気がいることだとは思うのです。

親として
なにか息子の応援になれたらいいな、と思っていたら

ある時、
教室の壁に張り出す『今学期の目標』の紙に
『親からの一言』を書き入れる箇所があり閃きました。
(不登校を後ろめたく感じていたら書き込むこと自体にためらうものですが。)
気持ちを切り替えた私にとっては![]()
いい機会だ![]()
と感じました。
みんなの目に晒されるところに
親からの言葉として、
『本人が意欲ある日に通わせて頂けること、学べる環境の場に受け入れて頂けますことを感謝致します。クラスの皆さん、先生方、ありがとうございます。』と記しました。
独自路線のその親の言葉の書き込み。
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興味を持った人は不思議なきもちで読んだと思います。
多少は息子の応援になったんじゃないかなー![]()
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学校は集団行動の場。
そうなると
自分には違和感があることでも従うしかなくなる場。
嫌だな、おかしいな、従いたくないなと
感じるとき。
「行かない」を選ぶ。
それはできる。
自分の選択することは悪いことじゃないのです。
疑問を持つのは大切なこと。
義務教育についての憲法や法律を何となく知っている‥ではなくて、『そういうことなんだ!』と、調べて知る事はとても良かったです。
私は子どもを尊敬している。
『ねばならない』から『いつでも選べる』へ認識を変えられてすごいと感じました。
子どもを見守りながら、子どもからチャンスや勇気をもらい私も変化しています。
子も親も行動に移すには勇気が要ります。
本人から自発的に生まれた勇気ある意志なのだから『本音で行動する』積み重ねを応援したい。
人として個人として学校には素敵な先生がいると知っています。先生は、組織としての指示に従う人でもあるわけです。『仕事としてしなければならない』事柄が決まっているのですから聞き入れられないことはあって当然です。我が子の意見を何でもかんでも引き受けてと望むことをしているのではないです。単に参加しない&参加するを選ぶという形。
従うことが本当に本人のためになるのだろうかと疑問を抱くことがあるのも事実です。ニュースや新聞にさえ上がってきたおかしさや問題がスルーされているのですから。学校関係の上に立つ人のおかしさがもしも増したとき。身近な先生が理解者ではなくなるとき。その時どうしたら?と考えます。
子ども個人は『自分はどうするか?』は選べるということ。それは我が子の実践でわかりました。(リスクがあるのは確かです)
集団の場は、意思表示や断ることはかなり難しい場所になるのですから、子どもには尚更ですから、子どもがいつでも心の内を親に伝えられるようにして、心を見つめておきたいものです。
世間体を気にして、先生の顔色に左右され選択を決めるよりも。
本人の本音。
本人の意志から選択することが最も大切だと感じます。
『従う』習慣を妄信せずにいたいです。
https://x.com/akasakaroman/status/1610893471753342977
https://news.yahoo.co.jp/articles/883ef01fb0a3299f67f108ad5e840788076375ab
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親として、
子どもたちの教育の場にも入り込むカルトを
警戒しておく。
察知する。
違和感を大切にする。
変だと感じる場面をきちんと見つめて感じておくこと。
学校や先生を信頼して通える雰囲気ならば
子ども自らが安心して通えるの姿があるのですから。
子どもが上手く言えない小さな本音。
それを知ろうとしたいし、
受け止めたいです。




